尊敬する人

尊敬する人は「歴史上の偉人」の例文まとめ【履歴書・面接対策】

就活アドバイザー
就活アドバイザー

「尊敬する人は誰ですか?」という質問は面接や履歴書、エントリーシートでも必ずと言っていいほど聞かれる項目です。

この記事を読んで事前に対策をすれば、本番でも本来の力を発揮できます

このページでは「歴史上の偉人」を中心とした例文をまとめています。どうぞご活用ください

失敗しない就活を。おすすめの就活アプリ

価値観でマッチする【キャリアチケットスカウト】

自己分析・他己分析機能で、就活軸が明確になります。
また価値観の合う企業からスカウトが届くのでアプリ一つで就活を行えます。

[toc]

尊敬する人は「歴史上の偉人」の例文一覧

歴史

自由な発想を持っていた坂本龍馬

坂本龍馬です。何が正解かわからない時代に、洗礼にとらわれない自由な発想を持っていたこと。また、必要とあれば北へ南へ自らの足で動くような積極的な行動力。薩長同盟でみせた両者の利害関係をアピールして、敵対する藩を同盟締結までさせた卓越した交渉力。貿易によって収益を上げるため日本初の株式会社である亀山社中設立にあるように、すぐれた経済感覚。いずれも先進的でアグレッシブな考え方に感銘を受けました。

アメリカの鉄鋼王、アンドリューカーネギーさん

アメリカの実業家でアメリカの鉄鋼王と呼ばれたアンドリューカーネギーさん(1835~1919)です。幼少のころはとても貧しい生活を送っていたそうですが、10代から20代のころ投資とビジネスを学び大富豪となって、人生の残りを「貧しい人々のために自分の財産を提供する」と決め、彼の資金提供により、世界で1600ヶ所もの図書館が開設された、遺産の大半は彼の設立した基金や慈善団体に寄付されたというとても尊敬する人物です。

徳川家康

私が尊敬する人物は徳川家康です。三河に生まれてすぐに人質となり、苦心惨憺の末、大名として立ちますが、そこでも大国に挟まれる中で苦労を重ねます。家康という人物を考えたとき、狸おやじという狡猾な人物像がすぐに浮かんできますが、実はそうではなかったのではないかと思います。彼は幼少期からの人質生活から、家臣たちの思いを汲んで大名となります。その後も弱小国を率いて東奔西走を繰り返し、織田信長という庇護者を得ながら、その信長との関係でも苦労をします。信長亡き後は秀吉との対立がありました。しかし家康が積極的に天下取りに動くのは最晩年です。彼にはそんな野心などはなくて、ただ目の前の苦難・艱難を潜り抜けるのに必死だった。そしてそこから逃げなかった。自分に与えられた役割や立場を全うし続けた。その先に江戸幕府があった。そんな家康の姿勢に尊敬の念を覚えます。

徳川幕府第15代将軍の徳川慶喜

私が尊敬する人物は、徳川幕府第15代将軍の徳川慶喜です。慶喜は倒幕軍と戦わずして江戸城を明け渡した、いわゆる“江戸城無血開城“を成し遂げた歴史的な人物です。近年では、大河ドラマでも取り上げられています。江戸幕府というと、歴史的には徳川家康、家光、吉宗、綱吉が有名ではありますが、個人的には、徳川慶喜が“隠れた徳川政権の最大の功労者“と思っています。当時は倒幕運動が盛んになり、徳川政権、江戸幕府の存続が危機にありました。慶喜は“ニ身様“と陰口を叩かれるほど、身代わりが早いと言われたそうですが、しかし、その身代わりの早さは言い換えれば、“臨機応変“でもあると考えられます。当時の状況や先のことを読みながら、“戦うことが決して賢明ではない“と考えたのだと思われます。慶喜の決断がなければ、その後に続く大政奉還はなく、明治政府、明治時代は存在しなかった訳ですから、今のような平和な時代があったかわかりません。戦うことが使命でもある武士というプライドをかなぐり捨ててでも、当時の民衆を守り、結果的には今の平和な時代を導いた意味でも徳川慶喜は尊敬できる人物であります。

野口英世

野口英世です。3歳の時の火傷がもとで左手の指がくっついていたがためにいじめに遭ったものの気にせず、努力をし続け、貧乏等の環境に負けず我が道を貫き、留学もし、名だたる医師へと成長したからです。そして名を馳せてからも親、特に母親への孝行の念と思いやりを忘れない人間味のある人物だったからです。さらに左手の手術で手が使えるようになった自分の経験から今度は自分が世のため人のために尽力しようと研究に勤しんだ点で見習わなければならない人物だと考えているからです。

織田信長

尊敬する人物は、織田信長です。理由は、古い考えにこだわらず新しいことを、試していこうというところが、好きだからです。織田信長は、楽市楽座や、全国でバラバラだった枡(ます)を統一し物流を管理しやすくした、西洋の新しい技術に注目するなど優れた政策を行いました。織田信長は、問題がある部分もありましたが、良いと思ったことを、次々と試し実現してきたことが尊敬できます。

織田信長

織田信長 理由は信長が取ってきた経済政策があげられます。その代表的なものは楽市楽座ですが、それまでの政策と言えば、農業に関するものが多かったと思います。従来の大名が思い付かなかったような政策を次々と打ち出していく先見性が今の時代でも求められていると思います。戦でも情報戦をしたり重視していることも当時ではあまり評価されていなかったですが、その当たりも今の 時代でも重要なポイントだと思います。

天皇家の先祖と言われる天照大神

古代国家を継承する天皇家の先祖と言われる天照大神です。今の日本では歴史をしっかり事実に基づいて教えていません。そのため私も日本の歴史が良くわかっていませんでした。しかしある時、日本は世界最古の古代国家で、世界に尊敬されていることを知りました。調べると確かに日本は神様が作って、それを統治する役目を受けたのが天皇家の先祖で天照大神でした。その統治は、ほとんどが祭主のような役割です。実質の支配権は他の人にありました。それでも、どの権力者も天皇家を排除しようとはしていません。それだけ日本を代表する確固たる地位が天皇家にはありました。今後どうなるかわかりませんが、この事実を多くの日本人が知ったら 愛国心や誇りなど、他人のために生きることや国家のために生きることが 当たり前になる世の中になるのではないかと思えてなりません。

発明王と名高いエジソン

私の尊敬する人物は発明王と名高いエジソンです。 私は彼の並々ならぬ意志の強さを尊敬しています エジソンは発明王と呼ばれるだけあり、非常に多くのものを発明しました。その中でも特に有名な発明品は豆電球です。彼の発明した豆電球は私たちに24時間明るい暮らしをもたらしました。しかし、その過程で彼はおよそ2万回にも及ぶ失敗を積み上げていました。それほどの失敗を経験してもなお、諦めることなく努力し続けたその意志の強さに私は尊敬の念を抱いています。 私自身も絶対に目標を達成するという気持ちを胸にやると決めたことは最後までやり遂げてきました。実際に在学中にtoeic800点を超えるという目標を立て、学業等と勉強を両立したうえで目標を達成しました。 今後も強い意志で決して諦めず様々なことに取り組んでいこうと思っています。

ジョン万次郎

私の尊敬する人はジョン万次郎です。ジョン万次郎の活躍は多くありますが、私は特に今日、日本の大きな海域を守ったことでジョン万次郎を尊敬しています。当時ジョン万次郎は、かねがね幕府上層に捕鯨の必要性を建議し、「捕鯨御用」として地位を幕府当局から与えられていました。明治政府が小笠原諸島の領有を各国駐日公使に通告するのは明治9年10月17日ですが、 幕末期において小笠原諸島の帰属をめぐって主に英米両国と厳しい外交折衝が繰り広げられます。 なぜなら1830年以降、同島には欧米系住民・カナカ系住民を構成員とする定住者が実在していたためです。そのこともあって、幕府の実効的統治や開発が行われていないことを理由に幕府領地主張に特にイギリスが否定していました。 そのため幕府は、領地であることの主張調査と、領有の裏付けとなる開拓事業の着手に当たって派遣団を送りました。それが水野一行総勢90名余りです。 水野一行は調査や開拓事業をしましたが、その中心的存在がジョン万次郎です。定住民を帰国または日本住民とし、外交手腕で小笠原諸島を日本領土として認めさせました。

伊能忠敬

私が尊敬する人は伊能忠敬です。伊能忠敬は。日本を実際の自分の足で歩いて測量しようと考え、それを実際に17年もの年月をかけて実行しました。特に実際に歩いて測量するということ自体は一日単位でみれば特別難しいことではありません。しかし、それを17年もの長い時間をかけて地道に実行し、その結果、正確な日本地図を完成させるという非常に大きな成果を上げました。私も日々の仕事をしっかりこなしそれをもって大きな成果を上げられるような仕事していきたいと考えています。

伊能忠敬

伊能忠敬です。地図を作った人として有名ですが、それだけでなく、自身が暮らしていた地域で飢饉があったときに、私財を投じて村人たちに配ったというエピソードもあり、商才だけでなく、人格も優れた人だからです。年齢に囚われずに挑戦し、時には若者にも頭を下げて教えを請い、学び続けた彼の生き様は、見習うべきところが多いと思います。

ナイチンゲール

私が尊敬する人は、ナイチンゲールです。彼女は現在でも多くの医療関係者の見本となるほど献身的に医療に従事した看護師の一面だけではなく、統計学において、「医療統計学」を生み出した学者でもあります。私たちは仕事においても、生きていく上においても研究すること、学ぶことを蔑ろにしてしまうことがあります。「学生生活で学んだことなんて・・・」と言われることもあります。しかし、彼女は研究や学びを基礎として人々の役に立つ、時には世界を変える仕事していきたいという希望になる存在です。

トーマスエジソンです。「失敗ではない。うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」は仕事だけでなく人生観までも学べる名言だと思います。失敗=悪だと考えている人は失敗を恐れます。でもその思考だと何も生まれません。失敗=前向き(次)に思えるかが大事だと思ったからです。「〇〇をしたから失敗した→もうやらない」ではなく「今までのやり方はもうしない。次はこれでやってみよう」という思考が成功の近道だと思いました。

聖徳太子

私が尊敬する人は聖徳太子です。 聖徳太子は、用明天皇の父と穴穂部間人の皇后の母を持ちます。法隆寺を建てたのも聖徳太子です。 私が尊敬する理由は、日本最古の憲法である十七条憲法を作った人だからです。 十七条憲法は現代の憲法とは異なり、貴族や官僚などの政治に関わる人々に道徳や心がけを説いたものです。ですが、まとめると「みんなでなかよくしましょう!」です。 聖徳太子は仏教が好きでしたが、仏教の教えよりも「みんなでなかよくしましょう!」が先でした。 何が言いたいかというと、日本は古来より民主主義の国だったということです。この憲法十七条には、古来から日本人はお互いに助け合う精神があり、人を大切にしていたのだと思えるからです。

明智光秀

私の尊敬する人物は、明智光秀です。明智光秀というと謀反を起こした人物ということばかりがフィーチャーされていますが、一方で、明智光秀は自分の本当の師とする人物のために敵陣営で師の不利益とならないよう動いていたという説もあります。そして最後の謀反は、ずっと守ってきた師へ織田信長が裏切り行為を行ったための復讐だったともいわれています。そのことを知り、私は自分の大切な人のために敵陣営に乗り込み過ごしており、最後はその人のために自分の立場を犠牲にしてまで動いた明智光秀をかっこいいと思いました。私も大切な人のために自身を犠牲にしてまで、立場を投げうってでも動けるような信条を持った人間になりたいと明智光秀を尊敬しています。

その他の「尊敬する人」の例文はこちら

スポンサーリンク

-尊敬する人